食品スーパーマーケット業界のM&A:事例から学ぶ戦略と課題

食品スーパーマーケット業界でM&Aが活発化しています。市場環境の変化や競争激化に対応するため、様々な形態のM&Aが行われています。本記事では、業界の現状、M&Aの動向、成功のポイントを解説します。

目次:

  1. 食品スーパーマーケット業界の概要
  2. 食品スーパーマーケット業界におけるM&Aの傾向
  3. 食品スーパーマーケット業界でのM&Aにおけるメリットとデメリット
  4. 食品スーパーマーケット業界におけるM&Aの価格相場
  5. M&Aを成功に導くためのポイント
  6. 食品スーパーマーケット業界のM&A事例分析
  7. まとめ

食品スーパーマーケット業界の概要

食品スーパーマーケット業界は、日本の小売業界において重要な位置を占めています。この業界の特徴や現状を理解することは、M&Aを検討する上で非常に重要です。

スーパーマーケットの定義

一般社団法人全国スーパーマーケット協会によると、スーパーマーケットは「単独経営のもとに、セルフサービス方式を採用している総合食料品小売店で、年商1億円以上のもの」と定義されています。

スーパーマーケットは大きく2つのカテゴリーに分類されます:

1. 食品スーパー:食品と日用品に特化

2. 総合スーパー:食品、日用品、衣料品、文具など幅広い商品を取り扱う

市場の現状

食品スーパーマーケット業界の市場規模は、2022年の約25.2兆円から2023年には約25.5兆円にわずかに増加しています。この僅かな増加は、新型コロナウイルスの感染状況や消費者の自粛意識の変化が影響していると考えられます。

業界が直面する課題

食品スーパーマーケット業界は、以下のような課題に直面しています:

1. 人口減少による市場縮小: 

 o 将来的な利用者数の減少

 o 市場規模の縮小懸念

 o 集客や販売機会の拡大が必要

2. 他業種との競争激化: 

 o コンビニエンスストアやドラッグストアとの競合

 o 顧客の流出リスク

3. 慢性的な人手不足: 

 o 従業員の負担増加

 o 労働環境の悪化リスク

 o さらなる人手不足の悪循環

4. ネットスーパーの普及: 

 o 実店舗を持たない競合の増加

 o 実店舗のみの食品スーパーマーケットの売上低迷

これらの課題に対応するため、多くの企業がM&Aを通じた事業拡大や効率化を検討しています。

食品スーパーマーケット業界におけるM&Aの傾向

食品スーパーマーケット業界では、様々な課題に対応するためM&Aが活発化しています。業界の再編や経営基盤の強化を目的とした取引が増加しており、いくつかの特徴的な傾向が見られます。

大手企業による積極的な買収戦略

大手スーパーマーケットチェーンは、積極的にM&Aを活用して事業規模を拡大しています。主な目的として以下が挙げられます:

1. 出店エリアの拡大

2. 自社プライベートブランド(PB)商品の強化

3. 内製化による機能強化

4. 隣接業種(調剤薬局やドラッグストアなど)との連携

これらの戦略により、大手企業は競争力を高め、市場シェアの拡大を図っています。

中小規模企業間の業務提携の増加

中小規模の食品スーパーマーケット同士でも、業務提携が増加しています。主な目的は以下の通りです:

大手スーパーやディスカウントストア、ドラッグストアなどの競合に対抗

地域内でのブランド力向上

市場シェアの拡大

共同仕入れによるコスト削減

これらの提携により、中小企業も規模のメリットを活かした経営を目指しています。

首都圏における独立系中小スーパーの事業譲渡

特に首都圏では、売上規模50~100億円程度の独立系中小スーパーマーケットの事業譲渡が加速しています。例えば、2024年だけでも以下の企業が譲渡されています:

株式会社ココスナカムラ(東京)

株式会社エフ・クライミング(東京)

株式会社三浦屋(東京)

また、2023年には有限会社アキダイ(東京)も大手スーパーマーケットグループの傘下に入りました。

ディスカウントスーパーの成長

独自性のある商品や顧客体験を提供しつつ、「安さ」を訴求するディスカウント業態の大手企業が、M&Aを活用して店舗数や売上を拡大しています。主な企業の例は以下の通りです。

屋号

売上高

店舗数

特徴

トライアル

7,000億円

320

スーパーセンター業態で、食品部門も強い。レジとカートをDXで一体化するなど、リテールテックで生産性を高めている

オーケー

6,300億円

160

郊外立地一辺倒から、都心部への進出を果たした。関西圏への展開も図っており、注目されている

業務スーパー

4,700億円

1,100

大容量の業務用商品のみならず、一般家庭用のサイズも豊富に取り扱う。自社製造のアイテムも多く、メーカーとしての側面も強い

ロピア

4,200億円

100

祖業の精肉部門を含む生鮮品に強く、客単価が高い。近年は買収ラッシュで、同業の食品SMのみならず、メーカーや小売業との垂直統合も進めている

大手ディスカウントスーパー、数字は概数


これらのディスカウントスーパーは、独自のビジネスモデルとM&A戦略により、業界内での存在感を高めています。

食品スーパーマーケット業界でのM&Aにおけるメリットとデメリット

食品スーパーマーケット業界でM&Aを検討する際は、売却側と買収側それぞれの立場でメリットとデメリットを慎重に検討する必要があります。

売却側の視点

売却側企業にとってのM&Aのメリットとデメリットは以下の通りです。

メリット:

1. 利益率の向上:仕入れコストの低減などにより、収益性が改善する可能性があります。

2. 売上増加の期待:大手企業のノウハウを活用することで、売上拡大が見込めます。

3. 業務効率の向上:労務管理や社員教育の改善により、効率的な運営が可能になります。

4. 事業承継問題の解決:後継者不足の課題を解消できます。

5. 雇用維持:従業員の雇用を維持しつつ、廃業のリスクを回避できます。

6. 資金獲得:オーナー家としての資金を得る機会となります。

7. 個人保証・担保提供からの解放:経営者個人の金融負担が軽減されます。

デメリット:

1. 条件の妥協:売却条件が当初の期待通りにならない可能性があります。

2. 買収先が見つからないリスク:適切な買収先が現れない場合もあります。

3. 競業避止義務:事業譲渡の場合、通常20年間にわたり、当該地域およびその周辺でスーパーマーケット事業を展開できなくなる可能性があります。

買収側の視点

買収側企業にとってのM&Aのメリットとデメリットは以下の通りです。

メリット:

1. 新規エリアへの参入:未出店エリアの店舗取得により、スムーズな地域展開が可能になります。

2. コスト削減:規模の経済を活かし、仕入れコストなど様々な面での経費削減が可能になります。

3. 市場占有率の向上:同一地域内での店舗数増加により、地域シェアを高めることができます。

4. ビジネスチャンスの拡大:販売拠点の拡大により、自社ブランド商品の開発や販売など、新たな事業機会が生まれます。

デメリット:

1. 簿外債務のリスク:株式譲渡による買収の場合、隠れた債務が存在する可能性があり、業績に悪影響を及ぼす恐れがあります。

2. 統合の難しさ:各社の業務プロセスの違いにより、企業統合がスムーズに進まず、期待通りの業績向上が見込めない可能性があります。

3. 多額の資金需要:食品スーパーマーケット業界では一定規模以上の経営が求められるため、買収には多額の資金が必要となります。

M&Aを検討する際は、これらのメリットとデメリットを十分に理解し、自社の状況に合わせて慎重に判断することが重要です。また、専門家のアドバイスを受けながら進めることで、リスクを最小限に抑えつつ、最大限のメリットを得られる可能性が高まります。

食品スーパーマーケット業界におけるM&Aの価格相場

食品スーパーマーケット業界におけるM&Aの価格相場は、一概に定めることが難しく、様々な要因によって大きく変動します。以下に、価格形成に影響を与える主な要因と傾向について説明します。

1. 企業規模による差異: M&Aの価格は企業の規模によって大きく異なります。一般的に、大規模な企業ほど高額に 
        なる傾向にあります。これは、大規模企業がより多くの店舗や資産を持ち、市場シェアも大きいためです。

2. 全店舗の買収が基本: スーパーマーケット業界のM&Aでは、通常、対象企業の全店舗を買収する必要があります。
        そのため、基本的に買収費用は高額になりやすい傾向があります。

3. のれん価値の評価: スーパーマーケット業界では、企業のブランド力や信頼を表す「のれん」の価値が、他業界と
        比較して付きにくい傾向があります。これは、個々の店舗の立地や運営状況が重視されるためです。

4. 店舗の立地評価: ネットスーパーの普及にもかかわらず、実店舗での売上高が依然として圧倒的に大きいため、
        各店舗の立地条件は価格形成に大きな影響を与えます。具体的には以下の点が重要です: 

 o 周辺の人口動態

 o 交通アクセス

 o 競合店の有無と状況

5. 不動産の所有状況: 店舗の土地・建物が自社(またはオーナー経営者)所有である場合、それを譲渡対象に含める
        か否かで譲渡価格が大きく変わります。自社所有の不動産が多い企業は、一般的に高い評価を受けやすいです。

6. 財務状況の影響: 多くの食品スーパーマーケット企業は、自社所有不動産(と見合いの外部借入)が多額にある
        一方で、損益計算書上の利益が僅かである場合が少なくありません。このような企業は、特徴的な強みがない限
        り、高い評価を受けにくい傾向があります。

7. 業界特有の要因: 

 o 仕入れ力

 o 物流システムの効率性

 o PB商品の開発力

 o 従業員の質と定着率 これらの要因も、企業価値の評価に影響を与えます。

8. 市場動向と競合状況: 業界全体の成長率や、競合他社の動向も価格形成に影響を与えます。成長が見込める市場
        や、競合が少ない地域の企業は、より高い評価を受ける可能性があります。

9. シナジー効果の期待: 買収側企業との相乗効果(シナジー)が期待できる場合、それも価格に反映される可能性が
        あります。例えば、地理的な補完性や、異なる客層へのアプローチなどが考えられます。

10. 交渉力と市場の需給バランス: 最終的な取引価格は、売り手と買い手の交渉力や、M&A市場全体の需給バランスに
        も左右されます。

これらの要因を総合的に考慮し、個別のケースごとに適切な価格が形成されていきます。M&Aを検討する際は、財務アドバイザーや M&A専門家のサポートを受けながら、慎重に企業価値評価を行うことが重要です。

M&Aを成功に導くためのポイント

食品スーパーマーケット業界でM&Aを成功させるためには、売却側と買収側それぞれが重要なポイントを押さえる必要があります。以下、両者の視点から成功のためのポイントを解説します。

売却企業が押さえるべき点

1. 従業員との信頼関係構築: 

 o M&Aの成功には従業員の理解と協力が不可欠です。

 o 従業員との良好な関係は、売却価格の交渉にも好影響を与えます。

 o デューデリジェンス(買収監査や企業調査)をスムーズに進めるためにも重要です。

2. 適切なタイミングでの決断: 

 o 可能な限り黒字のうちにM&Aを決断することが重要です。

 o 赤字状態では企業価値が低く評価される傾向があります。

 o 自社の状況を客観的に分析し、将来性も含めて検討しましょう。

3. 自社の強みや特徴の把握と強調: 

 o 他のスーパーマーケットと比較した自社の独自性を明確にします。

 o 強みや特徴を効果的にアピールすることで、売却成功の可能性が高まります。

4. 財務情報の透明性確保: 

 o 正確で透明性の高い財務情報を準備します。

 o  隠れた負債や問題がないことを示すことで、買収側の信頼を得られます。

5. 事業計画の策定: 

 o 将来の成長可能性を示す具体的な事業計画を用意します。 

 o 実現可能性の高い計画は、企業価値の向上につながります。

買収企業が考慮すべき事項

1. M&A仲介会社の活用: 

 o M&Aの専門家による全面的なサポートを受けることで、プロセスをスムーズに進められます。

 o 売り手候補の探索から条件交渉、手続まで幅広い支援を得られます。

2. M&Aマッチングサイトの利用: 

 o オンラインで効率的に売り手候補を探すことができます。

 o 幅広い選択肢の中から最適な候補を見つけやすくなります。

3. 綿密なデューデリジェンス: 

 o 財務、法務、業務、人事など多角的な視点から対象企業を調査します。

 o 潜在的なリスクや問題点を事前に把握し、適切な対策を講じることができます。

4. シナジー効果の具体的検討: 

 o 買収後のシナジー効果を具体的に算出し、投資の妥当性を判断します。

 o 店舗網の補完、仕入れ力の強化、経営ノウハウの共有など、具体的なメリットを明確にします。

5. 統合計画の策定: 

 o 買収後の統合プロセスを事前に詳細に計画します。

 o 組織構造、業務プロセス、ITシステムなど、統合に時間を要する分野に特に注意を払います。

6. 地域特性の理解: 

 o 対象企業が展開する地域の特性(消費者の嗜好、競合状況など)を十分に調査します。

 o 地域に根ざした事業運営を継続できるよう配慮します。

7. 人材の確保と育成: 

 o 優秀な人材の流出を防ぐための施策を検討します。

 o 両社の企業文化の違いを理解し、円滑な人材統合を図ります。

8. コンプライアンスの徹底: 

 o 法令遵守や企業倫理の観点から、対象企業の状況を精査します。

 o 問題がある場合は、改善計画を立案します。

9. 柔軟な交渉姿勢: 

 o 売却側の要望や懸念事項に耳を傾け、柔軟に対応します。

 o Win-Winの関係を築くことで、円滑な統合につながります。

10. 外部専門家の活用: 

 o 財務、法務、税務など専門分野については、外部の専門家のアドバイスを積極的に取り入れます。

これらのポイントを押さえることで、M&Aの成功確率を高めることができます。ただし、各企業の状況や市場環境によって重要度が変わる点もあるため、個別の事情に応じた戦略立案が必要です。

食品スーパーマーケット業界のM&A事例分析

食品スーパーマーケット業界では、様々なM&A事例が見られます。ここでは、同業種間のM&A、食品スーパーマーケットの異業種参入、他業種から食品スーパーマーケット業界への参入という3つの観点から、具体的な事例を分析します。

同業種間のM&A事例

1. エコスによるココスナカムラの買収(2024年6月) 

 o 概要:エコスがココスナカムラの全株式を取得

 o 目的:経営資源とノウハウの統合による企業成長

 o 特徴:東京23区内での事業基盤強化

2. アークスによる伊藤チェーンの完全子会社化(2019年9月) 

 o 概要:東日本のスーパーマーケットチェーンであるアークスが宮城県の伊藤チェーンを買収

 o 目的:経営の効率化

 o 特徴:地域密着型企業の統合によるシナジー効果の追求

3. アルビスによるオレンジマートの子会社化(2019年4月) 

 o 概要:富山県を中心に展開するアルビスが同じく富山県のオレンジマートを買収

 o 目的:未出店エリアでのシェア拡大

 o 特徴:地域内でのドミナント戦略の強化

4. バローホールディングスによる三幸の子会社化(2019年2月) 

 o 概要:愛知県・岐阜県のバローホールディングスが富山県の三幸を買収

 o 目的:富山県内のシェア拡大

 o 特徴:隣接県への事業拡大による市場の拡大

5. ヤオコーによるエイヴイの子会社化(2017年4月) 

 o 概要:関東のヤオコーが神奈川県南部のエイヴイを買収

 o 目的:企業価値の向上と成長の実現

 o 特徴:地域補完性を活かした事業拡大

6. イズミによるユアーズの子会社化(2015年10月) 

 o 概要:中国・四国・九州地方のイズミが広島県・岡山県・山口県・福岡県のユアーズを買収

 o 目的:店舗規模の異なる企業の統合によるノウハウの共有

 o 特徴:大規模店舗と小規模店舗の運営ノウハウの融合

食品スーパーマーケットの異業種参入事例

1. 万代によるハークスレイ子会社アルヘイムの事業買収(2021年2月) 

 o 概要:近畿地方の食品スーパー万代がフレッシュベーカリー事業を買収

 o 目的:財務基盤の安定と商品調達力の強化

 o 特徴:食品スーパーの本業強化のための垂直統合

他業種から食品スーパーマーケット業界への参入事例

1. クスリのアオキによる木村屋の買収(2024年8月) 

 o 概要:ドラッグストアチェーンのクスリのアオキが千葉県の食品スーパー木村屋を吸収合併

 o 目的:ドラッグストアと食品スーパーの融合による顧客利便性の向上

 o 特徴:異業種ノウハウの統合による新たな業態の創出

2. クスリのアオキによるホーマス・キリンヤとフードパワーセンター・バリューの吸収合併(2022年3月) 

 o 概要:ドラッグストアチェーンが岩手県・宮城県の食品スーパーと仕入れ業務会社を買収

 o 目的:ドラッグストアへの新鮮食材の導入

 o 特徴:地域に根ざした食品スーパーのノウハウ活用

3. 丸の内キャピタルによる三浦屋の買収(2021年8月) 

 o 概要:投資ファンドの丸の内キャピタルが東京の食品スーパー三浦屋を買収

 o 目的:ファンドの知見やノウハウを活かした企業成長

 o 特徴:財務・経営ノウハウの導入による既存事業の強化

4. PPIHによるGRCY Holdingsの子会社化(2021年2月) 

 o 概要:総合ディスカウントストア運営のPPIHがアメリカ・カリフォルニア州の食品スーパーを買収

 o 目的:海外事業の拡大

 o 特徴:クロスボーダーM&Aによる国際展開の加速

これらの事例から、食品スーパーマーケット業界のM&Aでは、規模の拡大や地域補完性の追求、異業種ノウハウの活用など、様々な戦略が採られていることがわかります。各企業が自社の強みを活かしつつ、市場環境の変化に対応するためにM&Aを積極的に活用している傾向が見て取れます。

まとめ

食品スーパーマーケット業界におけるM&Aは、市場環境の変化や競争激化に対応するための重要な戦略となっています。大手企業による積極的な買収、中小企業間の業務提携、異業種からの参入など、様々な形態のM&Aが活発に行われています。成功のカギは、綿密な事前調査、適切な企業価値評価、そして買収後の効果的な統合プロセスにあります。M&Aを検討する企業は、自社の状況を客観的に分析し、長期的な視点で戦略を立てることが重要です。

著者|土屋 賢治 マネージャー

大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画

相続の教科書