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印刷業界のM&A最新動向と市場変化に対応する戦略で成長加速

印刷業界でM&Aは本当に成長戦略となるのか?結論から言えば、デジタル化と環境対応を見据えて適切な相手を選び、専門家と協働すれば大きなシナジーが期待できます。本稿ではその理由と具体策を詳しく説明します。

目次

  1. 印刷業界の現状と市場トレンドを読み解く
  2. 印刷業の市場規模と推移を数字で確認
  3. デジタルシフトがもたらす機会と脅威
  4. 環境問題への対応は競争力を左右する
  5. 印刷業界がM&Aを行う3つの主要目的
  6. M&A成功に向けた実務ポイント
  7. 印刷業界におけるM&A最新事例と動向を学ぶ
  8. 異業種と組むことで広がるシナジーの可能性
  9. 今後の展望と中小企業が取るべき戦略
  10. 譲渡価格を最大化する事前準備のすすめ
  11. デューデリジェンスで確認すべき5つの観点
  12. PMI成功を導く組織マネジメント術
  13. 金融機関・ファンドと連携する資金調達モデル
  14. 印刷業界M&Aでよくある質問と回答集
  15. 設備と原価計算の徹底把握で評価額を守る
  16. ケーススタディで学ぶ価格交渉の実務
  17. 土壌調査と環境保証の実務フロー
  18. クロスボーダーM&Aで活きる文化理解のポイント
  19. M&A後の税務と会計処理のポイント
  20. まとめ

印刷業界の現状と市場トレンドを読み解く

印刷業界は広告物や出版物を紙に刷ることで情報を届ける伝統的な産業ですが、インターネット普及による閲読スタイル変革に直面しています。2000年頃から個人向け広告がWebバナーやSNSへ置き換わり、書籍も電子化が進行しました。その結果、紙需要は長期縮小にあります。それでもチラシやパッケージ、ラベルなど紙ならではの強みが残る分野もあり、企業は「どこに資源を集中するか」で生存戦略を練っています。近年は事業ドメインを「情報加工業」と再定義し、印刷に限らず動画制作やノベルティ製造へ展開する事例も増えています。

印刷業の市場規模と推移を数字で確認

一般社団法人日本印刷産業連合会によれば国内印刷市場規模は1997年に約7兆8,000億円でピークを迎え、その後ほぼ一貫して減少し2018年には4兆9,829億円まで縮小しました。前年比4.3%減という数字はコロナ前の景況下でも下げ幅が大きいことを示しています。しかし矢野経済研究所のレポートでは、Webコンテンツ制作やオンデマンド印刷を含めた広義の「デジタル印刷市場」は横ばいからわずかにプラス成長を示しています。つまり、印刷需要自体は「紙→デジタル」へ移動する形で価値を保っており、媒体変化に乗り遅れた企業の売上が減っている構図です。


 

出展:一般印刷市場に関する調査を実施(2020年) / 株式会社矢野経済研究所




デジタルシフトがもたらす機会と脅威

デジタル技術は紙媒体の需要を奪うだけでなく、逆に印刷ビジネスの裾野を広げる力も持っています。例えばオンデマンド印刷機は版レスで小ロットを高速生産できるため、誕生日カードを一枚から注文できるBtoCサービスを可能にしました。さらにクロスメディア戦略として、チラシにARコードを印刷してスマートフォンで動画に遷移させるような販促が注目されています。

脅威となるのは、設備投資の負担とノウハウを持つ人材不足です。小型デジタル印刷機でも数千万円規模の資金が必要で、単独導入が難しい企業も多いです。ここでM&Aを活用し、IT企業を譲受してシステム開発部門を内製化する、あるいは同業他社と統合して機械を共同利用する、という事例が増えています。


環境問題への対応は競争力を左右する

国際的なESG投資の広がりとともに、顧客企業がサプライチェーン全体の環境負荷に目を向けるようになりました。印刷企業はISO14001取得やFSC認証紙の採用、LED-UV印刷機による電力削減などをアピールし、入札参加資格の確保や価格競争以外の選定軸づくりを進めています。環境対応は単なるコストではなく、受注機会を拡大する投資と考えられます。ただし認証取得には監査対応や設備更新が必要であり、経営資源が限られる中小企業は譲受企業の傘下に入ることで資金やノウハウを確保するケースが目立っています。

印刷業界がM&Aを行う3つの主要目的

印刷企業がM&Aを検討する背景には、以下の目的が存在します。

1.経営リソースと技術の融合

・デジタル印刷技術を持つ企業を取り込み、データ処理から出力までのワンストップ体制を構築。

・システム開発部門を内製化し、Web to Printなど新たな収益源を確立。

2.事業ポートフォリオの多角化

・出版印刷中心の企業が、成長が続く包装資材印刷へ参入し売上を平準化。

・地域密着型企業が首都圏の販促会社を譲受し、顧客基盤を拡大。

3.市場シェアの拡大

・同業を買収しロットをまとめることで用紙調達単価を削減。

・拠点ネットワークを増やし全国受注に対応、輸送コストを抑制。

M&A成功に向けた実務ポイント

M&Aは譲渡企業にとっては経営者の引退後の生活全般に影響する重大事項であり、譲受企業にとっては設備・ブランド・人材という有形無形資産を一括取得する大きな投資です。成功させるためのポイントを整理します。

専門家と連携し最適なタイミングを計る

印刷機械の更新投資前後で企業価値は変動します。設備耐用年数や受注残高を見極め、譲渡価格が最大化するタイミングを選定するには税理士やM&Aアドバイザーの意見が不可欠です。

適切なパートナー企業の選定が肝心

文化やビジョンが異なる相手と統合してもPMIに失敗すれば組織混乱を招きます。業績や技術力だけでなく、経営方針・従業員の価値観まで丁寧に擦り合わせることが大切です。

デジタル技術と人材の効果的活用でシナジー最大化

獲得したデジタル技術を紙以外の事業に応用し、新規収益を生むことが譲受企業の狙いです。そのためには人材教育と評価制度の統合が重要で、旧来型の印刷オペレーターとITエンジニアが協働できる仕組み作りが求められます。

PMIを見据えた統合プロセスの設計

M&Aで失敗しやすいのは統合後のコミュニケーション不足です。会計基準の統一や営業ツールの共通化はもちろん、社内報や説明会を通じて従業員が統合メリットを実感できる仕掛けを行います。

法務・環境リスクの洗い出し

土壌汚染や排水基準違反が潜んでいると統合後に巨額の対策費が発生します。工場跡地の環境デューデリジェンスを怠らないことがリスク軽減に直結します。

印刷業界におけるM&Aの最新事例と動向を学ぶ

近年のM&A事例を見ると「デジタル×印刷」がキーワードです。代表的な成功事例と留意点を整理します。

成功事例―大手印刷企業A社とデジタル企業B社の統合

A社は長年オフセット印刷を主力としてきましたが、B社を完全子会社化したことでアプリ開発やデータ分析サービスをワンストップ化しました。具体的成果は下記の通りです。

・見積から製造までをクラウド管理しリードタイムを30%短縮

・ARチラシや電子カタログ提供で顧客数を2年で1.4倍拡大

・B社エンジニアによる社内DX推進で原価管理制度を刷新

失敗事例―印刷企業C社と出版企業D社の合併破談

C社とD社は顧客ポートフォリオが補完的であったものの、D社の柔軟な編集文化とC社の品質重視文化が衝突し、現場の反発が強まりました。PMI段階で統合方針を現場に落とし込めなかったことが破談の主因といえます。教訓は「文化的統合を軽視しない」です。

スキットとアヤトの経営統合が示す承継モデル

2020年8月、商業印刷を手掛けるスキットがアヤトを完全子会社化しました。アヤトは経営者の高齢化で承継課題を抱えており、スキット側は選挙ポスターやノベルティの開発力を取り込むことで商品ラインを強化しました。本件は「事業承継ニーズ」と「シナジー追求」を同時に満たした好例です。

異業種と組むことで広がるシナジーの可能性

印刷企業が異業種と連携することで新しい価値を生む事例も増えています。

食品業界と包装資材印刷

食品メーカーがパッケージ専門の印刷会社を子会社化し、環境対応包材の共同開発を加速させたケースがあります。再生素材インクの活用でCO₂排出量を20%削減し、ESG評価を向上させました。

デジタル企業による電子出版プラットフォームの内製化

大手出版社E社はデジタル技術企業F社を譲受して電子書籍制作機能を社内化しました。結果、配信スピードが従来比50%向上し、紙と電子のハイブリッド収益モデルを確立しました。

製紙企業による印刷会社買収でバリューチェーンを統合

製紙大手がカタログ通販向け印刷会社を買収し、用紙開発から製造・印刷・発送までを一気通貫で提供する体制を構築。グループ全体のマージンを最適化し価格競争力を高めています。

今後の展望と中小企業が取るべき戦略

印刷業界のM&Aは今後も「縮小市場における選択と集中」と「デジタル分野への拡張」が二本柱になると見込まれます。具体的には次のトレンドに注目が必要です。

・AIを活用したパーソナライズ印刷の普及

・サブスクリプション型印刷サービスの登場

・海外需要を視野に入れたクロスボーダーM&Aの活発化

中小規模の譲渡企業は、自社が持つニッチ技術や安定顧客基盤を強みとしてアピールし、譲受企業のネットワークと組み合わせることで新たな価値を創造できます。また、M&Aを検討する際は財務資料の整備や設備投資計画の見直しを早期に行うことで評価額を高められます。

専門家の活用でリスクを低減

譲渡企業側は顧問税理士や弁護士へ早期相談し、株価評価・税務ストラクチャー・契約条件の適正をチェックすることで、譲受過程での想定外の税負担や紛争を防げます。譲受企業側も公認会計士による財務デューデリジェンスに加え、環境調査・労務監査を行うことで統合後コストを最小化できます。両者が専門家と協働することで安心して統合プロセスを進められます。


ここまで印刷業界の市場環境とM&A目的、そして実際の事例から成功のポイントまでを概観しました。後半では、譲渡価格を高めるための具体的な準備手順やデューデリジェンスチェックリスト、統合後に活きる組織マネジメント術など、実務に直結するノウハウを詳しく解説します。


もう一歩踏み込んだ視点として、金融機関やファンドとの連携モデルも紹介しますので、自社の状況に合わせた最適解を見つける参考にしてください。

譲渡価格を最大化する事前準備のすすめ

譲渡企業が期待通りの価格を得るには、買い手が価値を判断しやすい情報をあらかじめ整備しておくことが近道です。特に印刷業は「機械の状態」「受注の安定性」「従業員の技能」という三つの軸で評価されます。これらを客観的データで示せれば、価格交渉で有利になります。税務申告書や試算表を最新化し、輪転機・オンデマンド機ごとに稼働率と維持費を一覧化した設備台帳を作成しましょう。設備台帳は買い手の減価償却計画づくりの判断材料になるため、情報が詳しいほど価値が上がります。

自社の立ち位置を整理し強みを見える化する

まず、自社が「商業印刷」「出版印刷」「ビジネスフォーム印刷」「包装資材印刷」のいずれに属し、どの工程(企画・制作/プリプレス/プレス/ポストプレス)を担っているかを整理します。次に、主力製品と売上構成を表にまとめ、競合他社との比較を行います。この作業により、買い手は自社サービスをどこに組み込めばシナジーを得られるかイメージしやすくなります。


業界ポジションを4分類で確認

・商業印刷

・出版印刷

・ビジネスフォーム印刷

・包装資材印刷


取引先と受注構成を棚卸しする

主要取引先上位10社の売上割合、受注単価の推移、印刷物のロット傾向を年度別に示し、安定度をアピールします。併せて原価計算書を点検し、見積単価と実際原価の差異が説明できる体制を整えると信頼度が高まります。

デューデリジェンスで確認すべき5つの観点

譲受企業が行う調査は「財務・法務・環境・労務・ビジネス」の五つが柱です。売り手が先回りして情報を開示すれば、調査期間を短縮でき、買い手の安心感から価格が下がりにくくなります。

財務面をクリアにする

過去3期の月次試算表、設備投資計画、借入返済予定を整理します。リース債務は見落とされがちなので、残額と残存期間を明示しオフバランス項目も一覧化しましょう。

法務面の潜在リスクを把握する

契約書の更新期限、知的財産の帰属、取引基本契約の解除条項などをチェックします。社名ロゴやパッケージデザインの著作権が分散している場合は整理して一本化し、買い手の不安を解消します。

環境面のコンプライアンス対応

工場敷地の土壌汚染リスク、排水基準、VOC排出規制への対応状況を証明できる測定結果を準備します。ISO14001の内部監査報告書を添付すると説得力が増します。

労務面での課題整理

従業員名簿、賃金テーブル、就業規則を最新化し、技能継承計画を提示します。年齢構成が高い部署については若手育成計画を示すことで、買い手が将来の人件費を見積もりやすくなります。

ビジネス面での成長余地を示す

共同開発案件や新サービスの試験結果など、将来キャッシュフローを押し上げる要素を示します。海外販路の開拓やEC連携のロードマップを開示するとプラス評価につながります。

PMI成功を導く組織マネジメント術

M&A後の最初の100日で従業員の不安を払拭できるかが統合の成否を左右します。印刷現場の熟練技能を守りつつモチベーションを高める仕組みが重要です。

統合ビジョンを現場の言葉で共有する

経営統合の目的や期待シナジーを専門用語を避けて説明します。「受注増で稼働率を上げ、残業を減らし賃金を維持する」と示すと納得感が生まれます。

クロスファンクショナルチームの編成

旧A社の営業と旧B社のプリプレス担当が共同で顧客提案を行うなど、部門横断チームを早期に発足させます。小さな成功体験が統合効果を組織全体へ波及させます。

評価制度の統一と段階的適用

給与・評価制度をいきなり一本化すると反発を招きます。3年間の移行期間を設け、成果指標を段階的にそろえることで離職リスクを抑えます。

金融機関・ファンドと連携する資金調達モデル

大型設備投資や海外展開を視野に入れる場合、銀行融資だけでなく地域ファンドや中小企業投資育成会社を活用することで自己資本比率を保ちながら買収資金を確保できます。ファンドが議決権の一部を保有しガバナンスを支援する協調投資型も一般的です。

印刷業界M&Aでよくある質問と回答集

Q1 赤字でも売却できますか?

A 設備や顧客基盤に価値があれば再生型M&Aとして買い手が見つかる可能性があります。改善計画を具体的に示すことが重要です。


Q2 未上場で従業員株主が多い場合は?

A 説明会を複数回実施し、株式買取価格と計算方法を透明化します。


Q3 競合大手が買い手候補の場合の情報開示は?

A 段階的デューデリジェンスを採用し、機密情報は最終契約直前に限定公開します。


Q4 海外企業が買い手の場合の注意点は?

A 契約準拠法、為替リスクヘッジ、通訳体制を事前に整備し文化研修も行います。


Q5 売却後の旧社長の役割は?

A 顧客引き継ぎのため1〜2年顧問として残るケースが多く、期間・報酬・権限を合意書で明確化します。


設備と原価計算の徹底把握で評価額を守る

輪転機は設置から10年超でもメンテナンス次第で価値が残ります。「導入年」「型式」「改造履歴」「稼働時間」を明記した台帳に、保守契約書を添付しましょう。オンデマンド機や後加工機も個別稼働実績を残し、材料費・労務費・経費を機械別に区分して原価計算を透明化すると買い手の評価が上がります。

ケーススタディで学ぶ価格交渉の実務

日本創発グループの多角化戦略

愛知県のカプセルトイ製造会社買収では、設備よりキャラクターライセンスと販路の希少性が価格決定の鍵でした。無形資産を強調する好例です。

プリントネットの再生型M&A

大阪の老舗企業を買収後、自社最新ラインへ受注を移管し、設備は解体して土地活用を図りました。顧客基盤と人材の価値を中心に評価した事例です。

土壌調査と環境保証の実務フロー

  1. 事前ヒアリングで使用溶剤を特定

  2. 簡易リスク評価で対策要否を判定

  3. 必要なら土壌ガス測定・地下水分析を実施

  4. 汚染確認時は浄化計画と費用見積を作成

  5. 買い手と費用分担を協議し契約に反映

リスクを先に開示し合意形成を図ることで追加費用を防ぎます。


クロスボーダーM&Aで活きる文化理解のポイント

ISOやFSCなど国際規格の取得状況、英語での受発注経験、海外展示会出展実績は交渉を円滑にします。法規制や為替リスクを整理し、相手国文化を学ぶ研修を実施するとPMIがスムーズに進みます。

M&A後の税務と会計処理のポイント

買い手は特別償却や投資促進税制を活用して節税効果を高め、のれん償却年数を適切に設定するとキャッシュフローを最適化できます。売り手は株式譲渡益課税と配当課税の二重課税を避けるため、株式譲渡と事業譲渡のどちらが有利か専門家と試算し最適スキームを構築しましょう。

まとめ

印刷業界のM&Aは、市場縮小とデジタル化が進む現状でも事業を伸ばす強力な戦略です。自社の強みを棚卸し、財務・法務・環境リスクを開示し、PMIを計画的に進めれば、買い手との相乗効果で企業価値向上が期待できます。本記事の手順を参考に準備を進め、専門家と協業し、最適価格と統合後の成長を実現しましょう。

著者|土屋 賢治 マネージャー

大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画

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