人材派遣業界のM&A動向を詳しく解説します。業界再編の実態、売り手・買い手のメリット、注意点、高値売却のポイントなど、M&A成功に必要な情報を網羅。最新の市場動向や事例も交えて徹底的に解説します。
目次
人材派遣会社は、専門的なスキルや経験を持つ人材を企業に派遣する事業を行う会社です。この事業モデルの特徴は、派遣社員が派遣先企業の指示に従って業務を遂行しながらも、雇用関係は人材派遣会社との間で結ばれている点にあります。
具体的には、以下のような特徴があります。
1. 派遣社員と人材派遣会社の間に雇用契約が存在する
2. 派遣先企業は派遣社員に対して業務指示を行う
3. 派遣先企業と派遣社員の間には直接の雇用関係がない
4. 人材派遣会社が派遣社員の給与支払いや社会保険手続を担当する
このビジネスモデルにより、企業は必要な時に必要な人材を柔軟に確保でき、一方で派遣社員は多様な職場で経験を積むことができるというメリットがあります。
▶目次ページ:業種別M&A(様々な業界でのM&A)
人材派遣業界は、近年回復傾向にあり、市場規模の拡大が見られます。2013年にリーマンショックの影響で5兆1,042億円まで落ち込んだ市場規模は、2020年には8兆6,209億円まで回復しています。
この回復の背景には、以下のような要因があります。
1. 2012年の「日雇い派遣の原則禁止」や「グループ企業内派遣規制」などの規制強化
2. 派遣労働者に対するキャリアアップ支援の義務化
3. 派遣労働者への同一労働同一賃金の適用
これらの法改正により、市場環境が大きく変化し、業界全体の健全化が進んでいます。
人材派遣業界の将来性は明るいと言えます。その理由として、以下の点が挙げられます。
1. 多くの業界で人材不足が深刻化している
2. 特に建設業、運送業、医療業界での人手不足が顕著
3. AIの台頭により、人間にしかできない専門的な仕事の需要が増加
これらの要因により、人材派遣会社のサービスへのニーズは今後も高まると予想されます。専門性の高い人材や、特定の業界に特化した人材の派遣サービスが特に注目されると考えられます。
業界再編の主な要因としては、以下の点が挙げられます。
1. 事業拡大を目指す大手企業による中小企業の買収
2. 専門分野に強い人材の獲得を目的としたM&A
3. 後継者問題の解決策としてのM&A
これらの動きにより、特に中小規模の人材派遣会社に対するM&Aが増加しています。結果として、業界の集約化が進み、より効率的な市場構造が形成されつつあります。
人材派遣業界のM&Aは、同業者間だけでなく、異業種からの参入も目立っています。
1. 大手人材派遣会社による異業種企業の買収(経営多角化の一環)
2. 異業種企業による人材派遣会社の買収(人材確保の手段として)
これらの動きは、人材派遣業界と他業界との連携を強化し、新たなビジネスモデルの創出や、より柔軟な人材活用の可能性を広げています。
大手派遣会社の傘下に入ることで、以下のような利点が得られます。
1. 豊富な経営ノウハウの活用
2. 知名度向上による営業力の強化
3. 安定した経営基盤の確立
4. さらなる事業成長の可能性
これらのメリットにより、中小規模の人材派遣会社が抱える経営課題の多くを解決できる可能性があります。
M&Aは、後継者不在の人材派遣会社にとって有効な事業承継の選択肢となります。
1. 従業員の雇用を守りつつ事業を継続できる
2. 経営者の引退や事業からの撤退が可能
3. 会社の価値を適正に評価され、対価を得られる
特に中小規模の人材派遣会社にとって、M&Aは事業の存続と発展を両立させる重要な選択肢となっています。
M&Aを通じて人材派遣会社を買収する側にも、大きなメリットがあります。
M&Aによる人材の一括獲得には、以下のようなメリットがあります。
1. 短期間で多数の派遣社員を確保できる
2. 既存の派遣先企業との関係を引き継げる
3. 人材のスキルや経験を即座に活用できる
4. 派遣先とのマッチング数の増加が見込める
人手不足が課題となっている人材派遣業界において、これらのメリットは非常に大きな競争優位性をもたらします。
M&Aを通じた事業拡大には、以下のような利点があります。
1. 新規取引先の獲得による市場シェアの拡大
2. 知名度向上による広告費や採用費の削減
3. 新たな地域や業界への進出機会の獲得
4. スケールメリットによるコスト削減
これらの利点により、買い手企業は急速な成長と競争力の強化を図ることができます。
人材派遣会社がM&Aを実施する際には、いくつかの重要な注意点があります。
売り手が特に注意すべき点として、以下が挙げられます。
1. 競業避止義務:事業譲渡の場合、一定期間同一事業を営めない可能性がある
2. 競業避止義務の期間:原則20年だが、実務上は1~5年程度が一般的
3. 競業避止義務の範囲:対象エリアや期間は交渉により調整可能
これらの点を事前に理解し、適切に対応することで、M&A後の事業展開に支障をきたすリスクを軽減できます。
買い手が特に注意すべき点としては、以下があります。
1. 許可の引継ぎ:事業譲渡・合併・会社分割の場合、労働者派遣事業や有料職業紹介事業の許可は引き継げない
2. 新規許可取得:必要に応じて新たに許可を取得する必要がある(株式譲渡の場合は不要)
3. デューデリジェンスの実施:売り手企業の詳細な調査(財務、法務、人事等)が不可欠
これらの点に留意し、適切な準備と対応を行うことで、M&A後のスムーズな事業運営が可能となります。
人材派遣会社を高値で売却するためには、いくつかの重要なポイントがあります。
自社の専門性を効果的にアピールすることで、企業価値を高めることができます。
1. IT系や医療系など、特定分野に特化した人材の保有
2. 高度なスキルを持つ派遣社員の育成システムの構築
3. ユニークな派遣サービスや独自のビジネスモデルの開発
これらの強みを明確に示すことで、買い手の関心を引き、高値での売却につながる可能性が高まります。
買い手の需要を満たす要素を強調することも、高値売却のポイントです。
1. 優秀な派遣社員や経営側のキーパーソンの存在
2. 豊富な顧客基盤やブランド力
3. 許認可の有効期間の長さ
4. 連絡可能な登録者数の多さ
これらの要素は、買い手にとって大きな魅力となり、高い評価につながる可能性があります。
人材派遣会社のM&A取引相場は、取引の形態によって異なります。
1. 株式譲渡の場合: 時価純資産額 + (営業利益 + 役員報酬) × 2~5年分
2. 事業譲渡の場合: 事業資産 + 事業利益 × 2~5年分
これらの算出方法は一般的な目安であり、実際の取引価格は様々な要因により変動します。
譲渡価格の具体的な算定には、以下のような方法が用いられます。
1. インカムアプローチ:将来の収益を現在価値に換算
2. コストアプローチ:保有資産の価値をベースに評価
3. マーケットアプローチ:同業他社の市場価値を参考に評価
また、人材派遣会社特有の要素として、以下の点も価格に影響を与えます。
1. 許認可の有効期間の長さ
2. 連絡可能な登録者数の多さ
3. 特定分野における専門性や独自のビジネスモデル
これらの要素を総合的に評価し、デューデリジェンスの結果を踏まえて、最終的な譲渡価格が決定されます。
人材派遣業界では、様々なM&A事例が見られます。ここでは、代表的な2つの事例を紹介します。
2021年9月に実施されたこのM&Aでは、以下のような特徴がありました。
1. コプロ・ホールディングスがバリューアークコンサルティングの全株式を取得
2. 完全子会社化を実現
3. 新規顧客の拡大を目的として実施
4. フリーランスITエンジニアの登録数増大を期待
このM&Aにより、コプロ・ホールディングスはIT人材派遣分野での競争力強化を図りました。取得価額は非公開となっています。
2018年8月に行われたこのM&Aには、次のような特徴がありました。
1. フルキャストホールディングスがミニメイド・サービスの全株式を取得
2. 完全子会社化を実現
3. 人材派遣業と家事代行サービスの高い相関性に着目
4. 事業領域の拡大と新たな顧客層の獲得を目指す
このM&Aにより、フルキャストホールディングスは新たな市場への参入を果たし、事業の多角化を進めました。取得価額は非公開となっています。
これらの事例から、人材派遣業界のM&Aでは、事業拡大や新規市場参入、専門性の獲得などが主な目的となっていることがわかります。
人材派遣業界のM&Aは、業界再編や事業拡大の重要な手段となっています。売り手には大手企業の傘下入りや事業承継問題の解決といったメリットがあり、買い手には人材の一括獲得や事業規模拡大のチャンスがあります。M&A実施時には、法的規制や許認可の問題に注意が必要です。高値売却には専門性のアピールや買い手ニーズへの適合が重要で、取引相場は様々な要素を考慮して決定されます。今後も人材不足を背景に、業界のM&Aは活発化すると予想されます。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事