広告映像制作業界のM&A戦略と市場動向を事例で学ぶ
広告映像業界で顧客のニーズが多様化し競争が激化する今、成長を加速させる鍵はM&A活用にあります。本記事では市場動向、メリット、成功事例、将来の展望を税理士が具体的に示し、経営者の次の一手を後押しします。
目次
広告映像業界は「広告代理店」「制作会社」「メディア」の三者が役割を分担しながら一体となって価値を届けています。広告代理店がクライアント企業から依頼を受け、企画を練り、制作会社に制作を発注し、完成した映像広告をメディアが消費者へ配信するという流れが基本です。そのため一つの広告が世に出るまでには多様な専門家が関わり、高度な分業体制が築かれています。この構造を理解することは、M&Aでどの企業と組むべきかを考える土台になります。
総合広告代理店である電通、博報堂、ADKはテレビ、ラジオ、新聞、雑誌、インターネットまで幅広いメディアを取り扱い、年間数兆円規模の広告出稿を仲介しています。専門代理店のサイバーエージェントやデジタルシフトウェーブは、検索連動広告やSNS広告などオンライン領域に特化し、高度な運用技術とデータ解析力でシェアを伸ばしています。代理店各社はメディアバイイング力と企画提案力を競い合いながら、近年は制作機能を内製化する動きも見せており、クリエイティブ品質をコントロールすることが競争優位の鍵と認識されています。
日本国内の広告費総額は2021年時点で約6兆7,000億円とされ、そのうちインターネット広告が4割弱を占めています。動画広告市場は前年比で二桁成長を続け、デジタルサイネージ広告費も前年比114%と急拡大しています。一方、新聞や雑誌、ラジオは発行部数と視聴者数の減少に伴い広告費が縮小傾向にあります。映像制作会社や広告代理店にとってオンライン対応力の強化が生き残り条件であることは明らかです。
ユーザーの動画視聴時間は年々延びており、SNSでのUGC動画との親和性も相まって、広告主は動画フォーマットへの出稿割合を高めています。特に5G普及が進む都市部では高解像度動画の読み込みストレスが減少し、インタラクティブ要素を組み込んだリッチ広告が主流になりつつあります。制作会社と広告代理店の双方がこの市場拡大を取り込むには、プランニング段階からコンバージョンを意識したクリエイティブ設計と、運用後のデータ分析体制を確立する必要があります。さらに、動画広告は「認知」「興味」「比較」「購買」の各段階でクリエイティブを変化させることが容易で、パーソナライズされたメッセージを短サイクルで検証できます。こうした環境ではM&Aによる機能統合が加速しています。
「媒体別広告費の推移」
テレビ広告費は地上波連続ドラマなど大型コンテンツへの依存度が高い一方、視聴スタイルのオンデマンド化によりリーチ効率が低下しています。新聞は電子版への移行が進むものの、印刷コストや配送網維持コストが重く、広告単価の調整が難しい状況です。これら伝統的メディアは自社が保有するブランド力と編集力を活かしつつ、デジタル広告枠の拡充や動画プラットフォームとの協業によって広告価値を再構築しようと模索しています。
2019年にインターネット広告費が2兆1,048億円となり、テレビ広告費1兆8,612億円を上回りました。この転換点は広告映像業界の資源配分を根底から変え、予算はデータ計測が容易なオンライン施策へ振り向けられています。代理店は自社のメディアバイイング手法を再設計し、テレビCMとオンライン動画広告を一元的に効果測定する仕組みの開発を急いでいます。
需要拡大が続く一方で、業界には複数の課題が存在します。少子高齢化が進む国内市場では、広告を目にする人口が減少し、購買行動も多様化しています。また映像制作コストの低下とオンラインツールの充実により、中小企業や個人クリエイターでも広告制作に参入できる環境が整いました。競合の裾野が広がった結果、一つの案件をめぐる競争はより激しくなっています。
総人口の縮小と高齢化が進む国内市場では、テレビCMのように広範な世代を対象にしたマスマーケティングの投資効率が下がっています。一方で高齢者向け商品や地域密着型サービスなどニッチ市場向けの動画広告は需要を伸ばしており、多様化に対応した細分化メディア戦略が求められています。代理店がこうした新市場を取り込むためには、ローカルメディアやコミュニティメディアとの提携、あるいはM&Aによるチャネル獲得が効果的です。
企業がSNS担当者を内製化し、広告運用を自社で行うケースが増えたことで、代理店は従来の単純な広告枠販売から、戦略立案やデータ分析といった上流工程の付加価値を提供するビジネスモデルへの転換を迫られています。制作会社も映像制作だけでなく、効果測定を踏まえた改善提案やWeb運用支援など、サービス範囲を広げる必要があります。
XR技術やメタバースといった新興領域では、3D空間内に広告を配置する新フォーマットが登場しつつあります。こうした技術に追随するには、既存の制作リソースだけでなく、3DCGエンジニアやインタラクションデザイナーを抱える専門会社との提携が不可欠です。M&Aは短期間でこれらのリソースを取り込む手段として注目されており、実際にVRコンテンツ制作会社を傘下に収める例が増えています。
一方、急速なオンラインシフトは従業員の働き方にも影響を与えています。撮影現場と編集スタジオがクラウドでつながることで、遠隔地の技術者とリアルタイムにコラボレーションする事例が増加しました。こうしたリモートワークは人材確保の選択肢を広げるものの、情報漏えいや知的財産管理など新たなリスクを伴います。企業規模が小さいままではセキュリティ投資が難しいため、資本提携やM&Aを通じて安全なインフラを共同利用する動きが活発化しています。
まとめると、広告映像業界は媒体の多様化と技術革新により大きなチャンスを迎える一方、複雑化したバリューチェーンと競争激化に対処するために、資本と人材を再編し、企画・制作・配信を横断する統合体制を構築する必要があります。これを短期間で実現する手段としてM&Aが注目されており、事業承継や成長加速の切り札として活用が進んでいます。
広告映像業界でM&Aを活用する最大の意義は、急速に変化する市場環境へスピーディーに適応し、経営資源を効果的に再配置できる点にあります。とりわけ制作技術のアップデートやデジタル領域の拡張には時間と投資がかかるため、外部企業との提携よりも株式譲渡や事業譲渡によって一体化する方が、意思決定を簡素化しシナジーを早期に顕在化させられます。以下では売り手側・買い手側それぞれの具体的な利点を整理します。
売り手企業にとってのM&Aは、単なる「出口」ではなく「再スタート」の契機です。事業承継に悩むオーナー経営者は、譲受企業の経営ノウハウや資金力を活用することで、従業員の雇用と顧客基盤を守りながら円満にリタイアメントを迎えられます。特に広告映像制作はプロジェクト単位で繁閑差が大きく、キャッシュフロー管理が難しい業種です。大手グループに入ることで安定受注が見込めるほか、福利厚生や教育制度が整い、若手クリエイターの定着率向上も期待できます。また、譲受企業が保有するAI編集ツールやクラウド制作環境を導入すれば、制作フローの効率化と品質向上を同時に実現できます。
買い手側にとってM&Aは迅速な事業拡大策です。異なる地域に拠点を持つ制作会社を子会社化すれば、全国規模での撮影体制を整えられますし、既存クライアントのクロスセルも容易になります。さらに、Web広告運用を外注していた代理店が運用会社を吸収合併すると、外注費を内部利益へ転換でき、PDCAの回転速度も上がります。映像制作技術者やCGアーティストなど専門人材を抱える企業を買収すれば、社内にクリエイティブスタジオを構えずとも高度な表現力を手に入れられる点も大きな魅力です。
ここでは2021年前後に実行された代表的な四つのM&Aを取り上げ、狙いと成果を整理します。いずれも「デジタル領域の強化」や「地域展開の加速」といった明確な目的を掲げており、実務上の学びが多い案件です。
AIカメラソフト開発に強みを持つニューラルポケットは、富裕層マンションにデジタルサイネージを設置するフォーカスチャネルを2021年11月に子会社化しました。株式譲渡により営業力と設置ノウハウを一括取得し、AI解析データを高単価商材に転用できる仕組みを構築。譲受側は新たな広告枠を確保し、売り手側は先端技術を活用したサービス高度化を実現しました。
AI広告運用を手掛けるローカルフォリオは、デジタルマーケティング支援のリードプラスを2021年9月に吸収合併。顧客分析から広告運用、コンテンツ制作まで一気通貫で提供できる体制を整え、既存顧客単価を向上させました。売り手は自社のノウハウを大規模案件で活かせる環境を得て、従業員のキャリアパスも拡張されました。
交通広告代理店のキョウエイアドインターナショナルは、中部・東海・北陸で強い国際ピーアールを2021年6月に子会社化。これにより地方路線の広告枠を取り込み、全国規模のキャンペーン提案が可能になりました。類似ノウハウを持つ企業同士でも地域特性が異なればシナジーが生まれる好例です。
アフィリエイト広告代理店フォースリーと、YouTuber向けプラットフォームを運営するクリエイターニンジャは2021年1月に資本業務提携を実施。両社の商材と顧客基盤を掛け合わせることで、動画クリエイター経由の案件獲得と成果報酬型広告運用を同時に提供できるユニークなサービスを生み出しました。軽量な提携スキームを採用しながら、互いの強みを補完した点が特徴です。
少子高齢化やメディア多様化が進む中でも、広告映像業界は「企画・制作・配信・運用」を統合できるプレーヤーが優位に立つ構図が明確になっています。発注側である企業は複数の外注先を管理する負荷を嫌い、ワンストップサービスを評価する傾向にあります。これを受け、今後のM&Aは以下のような方向で増加すると見られます。
AI自動編集、バーチャルプロダクション、インタラクティブ広告解析など高度技術を保有するスタートアップが大手代理店に買収される事例が増えるでしょう。技術導入とスタッフ育成を同時に進められる点が魅力です。
国内市場の成長が鈍化するなか、大手広告グループは東南アジアや北米の制作会社・代理店に投資を続けています。現地企業を買収することで、文化理解とネットワークを瞬時に獲得し、グローバル案件に対応できるようになります。
地方都市には長年テレビCMを中心に制作してきた老舗プロダクションが多く存在します。後継者不在の企業は、首都圏のデジタル系代理店や同業の若手経営者に株式を譲渡し、ブランドとスタッフを守るケースが増える見込みです。譲受側は地方ロケや自治体案件を獲得できるため、エリア戦略に合致します。
M&Aを成功させるための実務ポイント
税務面で留意すべきポイント
株式譲渡による売却益は譲渡所得として課税されますが、保有期間や取得費により税負担が変動します。またアーンアウト条項を導入する場合、追加対価の発生時期と課税タイミングのズレに注意が必要です。吸収合併の場合は簿価純資産を基準にした差額がのれんとして計上され、税務上の償却期間(5年)を意識した財務計画が求められます。こうした論点は税理士が事前にシミュレーションを行い、最適スキームを提示することで円滑に解決できます。
買収価格と価値評価の考え方
広告映像業界ではEBITDA倍率に加え、①取引先リストの質、②継続案件比率、③キーパーソンの在籍意向、④保有映像ライブラリの活用余地、といった非財務指標が大きくバリュエーションに影響します。特にデジタル広告運用会社を評価する場合は、運用残高や広告アカウントの継続率が将来キャッシュフローの源泉になるため、詳細な分析が欠かせません。
今後の資金調達環境とM&Aの関係
日本政策金融公庫や地方銀行は、地域中小企業の第四次産業革命対応を支援する融資枠を拡大しています。映像制作機材の更新やクラウド編集環境の導入は環境変化への適応投資として評価されやすく、M&A資金の一部を借入でまかなうケースも増加傾向です。低金利環境が続く限り、レバレッジド・バイアウトほどではなくとも、適度な負債活用によって資本効率を高める取引が主流になるでしょう。これにより、中堅規模の代理店や制作会社でも成長戦略の選択肢としてM&Aを検討しやすくなり、市場再編はさらに加速すると予想されます。
広告映像業界はインターネット広告費の拡大と技術革新で成長機会が広がっています。激化する競争に勝つ鍵はM&Aです。売り手は事業承継と組織活性化、買い手は機能拡充と市場拡大を同時に実現し、双方が飛躍を図れます。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画