飲食店のM&Aの特徴とメリットデメリットや対策を解説
飲食店M&Aの価格はどのように決まるのでしょうか? 成功の近道は適正評価と無形資産の承継準備にあります。本記事では手法から事例まで網羅的に解説します。
目次
▶目次ページ:業種別M&A(様々な業界でのM&A)
飲食店M&Aは店舗の暖簾を守りながら経営権を次の担い手にバトンタッチする仕組みです。取引の目的は「撤退コストの削減」「早期の事業拡大」「後継者問題の解決」など多岐にわたり、譲渡企業・譲受企業の双方がウィンウィンとなる点が大きな特徴です。ここでは代表的なスキームと実務上のポイントを整理します。
株式譲渡では譲受側が対象会社の発行済株式を取得します。店舗・従業員・契約・負債など会社に属する権利義務を一括で引き継げるため、営業許可やブランドを止めずに承継できる点がメリットです。一方、簿外債務や訴訟リスクもまとめて負うため、詳細な財務・法務デューデリジェンスと表明保証条項の設定が不可欠となります。
事業譲渡では対象を店舗造作や営業権など必要資産に絞って移転できます。チェーン展開の中で特定エリアだけを売買する場合にも適し、スキーム設計の自由度が高い反面、資産ごとの移転登記や従業員の労働契約承継など手続が煩雑になりやすい点に注意が必要です。
居抜き譲渡は内装・厨房設備を現状のまま引き継ぐ形態で、法律上はM&Aに該当しませんが、初期投資を抑えて短期間で開業できるため需要が高い方法です。ただし物件オーナーの承諾が得られないと成立しない、従業員や取引先の自動承継が前提でない、といった制約があります。
2020年の外出自粛で縮小した外食産業は、2021年後半から回復基調に転じ、2025年現在も緩やかな成長を継続しています。デリバリーやサブスクなど新たな収益モデルが定着し、M&A対象となる事業価値の幅が広がりました。
モバイルオーダーや在庫管理システムなどデジタルツール導入が急速に進んだ結果、生産性が底上げされました。買手企業はこれらの無形資産を高く評価し、エリア内での横展開を図るケースが増えています。
原材料価格の高騰と人件費上昇が個人店の負担となり、「黒字のうちに売却したい」という相談が増加中です。譲受企業にとってはブランド力の高い店舗を適正価格で取得できる好機と言えます。
飲食店M&Aが脚光を浴びる背景には、既存ブランドの即時活用と比較的低い参入コストがあります。
SNSフォロワーや口コミ評価をそのまま承継できるため、開業後すぐに集客が見込め、広告費を大幅に削減できます。
100万円台からの小規模案件も多く、回収期間が1~2年と短い例も珍しくありません。立地や設備など有形資産の価値がはっきりしているため、個人投資家にも人気です。
飲食店M&Aの価格は「時価純資産+のれん」という基本式で算定されますが、のれん価値の評価期間は1~2年と短めです。
固定資産簿価1,200万円・営業利益400万円の店舗なら、年倍法2年×400万円=2,000万円、4年×400万円=2,800万円が概算レンジとなります。
赤字でも立地と内装が魅力的であれば簿価相当額で売却成立する場合があります。造作簿価300万円、撤退費700万円の店舗を300万円で譲渡し、売手が撤退費を回避できたケースが典型です。
のれん価値を高める3つの条件
これらを満たす店舗は2年分超ののれんが認められる可能性があります。
飲食店M&Aには一般的なM&Aメリットに加え、業態特有の利点があります。
ブランドの即時活用:
既存店の評判をそのまま利用し広告費を削減。
優良立地の確保:
希少エリアに短期間で出店可能。
レシピ・マニュアルの承継:
教育コストを抑制。
譲渡側は撤退費用の削減と現金化が両立
現金収入の獲得:
廃業よりプラスで終われる可能性。
原状回復コストの回避:
解体工事・空家賃を削減。
従業員の雇用維持:
スタッフの職場を確保。
屋号や想いの承継:
店名とストーリーを次世代へ残せる。
飲食店M&Aで留意すべきデメリット
立地・内装・設備・顧客基盤など評価要素が多く、経験不足だと過大評価や過小評価につながりがちです。専門家査定を複数比較し根拠を確認しましょう。
スターシェフやカリスマオーナーの退任で味やサービスが変わり顧客離れを招く例があります。引き継ぎ期間を十分に設け、レシピやマニュアルを文書化してリスクを抑えましょう。
耐用年数超過の厨房機器は故障が増え、想定外の修繕費が発生します。取引前に設備リストと修理履歴を確認し、費用を見積もることが重要です。
飲食店M&Aを成功に導く注意事項
飲食店M&Aでは価格交渉だけでなく、無形資産の整理と関係者の合意形成が成功の鍵を握ります。
複数の買手候補と同時に交渉することで、価格・雇用条件・クロージング日程を比較検討でき、譲渡側の希望に近い着地を期待できます。
ノウハウや顧客台帳をマニュアル化・データベース化しておくと、説明責任を果たしやすく譲受側の安心感につながります。
排煙ダクト規格や設備の劣化具合を早期に洗い出し、家主との三者面談で保証金返還や家賃改定の有無を文書化するとトラブル防止に役立ちます。
以上が前半で押さえるべき基礎知識・最新動向・メリットとデメリット、そして成功のための下準備です。次のセクションでは具体的な成功事例を紹介し、プロセスを時系列で解説します。
飲食店M&A成功事例から学ぶ実務ポイント
成功事例を通じて、どのように交渉を進め、どこに着目すべきかを具体的に確認しましょう。実例は譲渡企業・譲受企業・従業員の三者が納得できる形でまとまった点が共通しています。
米国の持ち帰り寿司チェーンを買収したゼンショーは、自社の配送網を活用して宅配サービスを強化しました。海外事業基盤を一気に築けた要因は、既存物流インフラとのシナジーが明確だったことです。
レンブラントホールディングスへ譲渡し、直営22店舗とフランチャイズ6店舗を対象に事業再生を図りました。譲受側は既存店舗のブランド力を活用し、効率的な運営体制へ転換できました。
コロナ禍で外食需要が読みにくい中、高付加価値戦略を展開していた大将軍を統合。既存リソースを生かしながら新規出店戦略を見直し、早期に統合効果を実現しました。
大型商業施設に入居する日本料理店は閉店費用で数千万円の負担が見込まれていましたが、M&Aにより残存簿価500万円で売却が成立。従業員の雇用と家主の賃貸条件が維持され、全関係者が納得する結果となりました。
本社から遠く管理負担が重い店舗を、営業利益1,000万円の4年分=4,000万円で譲渡。FC本部との事前調整が円滑だったことが高値成約のポイントです。
5つの事例に共通する成功要因
飲食店M&Aで閉店費用を回避する方法
閉店には敷金没収や原状回復費など大きな支出が伴いますが、M&Aを活用すればコストを大幅に抑えられます。
契約途中解約による空家賃・違約金、解体工事費、リース残存費用、固定資産除去損、食材廃棄費などが代表例です。合計すると数百万円から数千万円規模になることが多く、資金繰りを圧迫します。
譲渡価格で現金を得ながら原状回復義務を買手に承継できるため、キャッシュアウトを抑えつつ資金を確保できます。さらに従業員雇用や屋号の維持も期待でき、精神的負担を軽減できます。
飲食店M&A手続の進め方と専門家活用
情報管理と交渉設計を誤ると好条件を逃す可能性があります。
従業員に噂が広がると退職や顧客離れが起こるため、関係者との共有範囲とタイミングを厳密に管理します。秘密保持契約(NDA)の締結は必須です。
設備・リース品・ライフライン契約・マニュアル類などをリスト化し、譲渡範囲を明確にするとデューデリジェンスが迅速化します。
事業譲渡の実務経験が少ないアドバイザーも多い中、実績豊富な専門家に依頼すれば、段取りの混乱や手数料の高止まりを避けられます。
M&Aを検討し始めたら最初に取り組むべきこと
最初の一歩は専門家への無料相談です。譲渡可能性を診断し、適正価格の目安と売却スキームを提示してもらうことで、意思決定に必要な材料がそろいます。成長意欲の高い譲受企業ネットワークを活用すれば、早期に買手候補を見つけられる点も大きな利点です。
これらがそろっていると初期提案が具体的になり、交渉期間を短縮できます。
専門家選びのチェックポイント
飲食店M&AでよくあるQ&A
Q1:赤字でも売却できますか?
A:簿価や立地価値、造作設備が評価されれば0円以上で成約する例が多数あります。撤退費用削減だけでも大きなメリ
ットです。
Q2:従業員は自動的に承継されますか?
A:株式譲渡では原則継続雇用、事業譲渡では個別同意が必要です。事前に方針を示し調整しましょう。
Q3:どのタイミングで情報を開示すべきですか?
A:基本合意前は少数のキーマンに絞り、意向表明取得後に段階的に広げるのが一般的です。
まとめ
飲食店M&Aは高額な閉店費用を回避しながら現金収入を得られる有効な選択肢です。成功には無形資産と人的資産の承継準備、適正な評価、そして情報管理を徹底する専門家の伴走が欠かせません。希望条件を明確にしたうえで早めに相談し、店舗の価値を未来へつなぎましょう。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画