M&A時のストックオプションの取り扱いについて、売り手・買い手それぞれの対応方法や注意点、税務上の考慮事項を詳しく解説します。大手企業の活用事例も紹介しています。
目次
▶目次ページ:第三者承継とは(M&Aのメリット・デメリット)
ストックオプションとは、企業が役員や従業員に付与する権利の一種で、将来的に一定の期間内で、あらかじめ定められた価格(権利行使価格)で自社の株式を購入できる権利のことを指します。この仕組みは、企業の業績向上と従業員の利益を直接的に結びつける効果があります。
1. 権利付与:企業が役員や従業員にストックオプションを付与します。
2. 権利確定期間:一般的に、権利を行使できるようになるまでの期間(ベスティング期間)が設定されます。
3. 権利行使:権利確定後、従業員は定められた期間内に、決められた価格で株式を購入する権利を行使できます。
4. 株式取得:権利行使により、従業員は株主となります。
5. 利益実現:株価が上昇した場合、従業員は株式を売却することで利益を得ることができます。
ストックオプションは、従業員に対する重要なインセンティブ制度として機能し、企業の成長と従業員の利益を連動させる効果的な手段となっています。特に、成長期のベンチャー企業や、優秀な人材の確保・定着を重視する企業において、広く活用されています。
ストックオプションの導入は、企業と従業員の双方にとって様々なメリットをもたらします。主な利点として以下が挙げられます。
ストックオプションは、会社の業績向上が直接的に従業員の利益につながる仕組みです。株価が上昇すれば、従業員は権利行使によって得られる利益が増加するため、自社の成長に対する意欲が高まります。この結果、従業員は会社の業績向上に積極的に貢献しようとする動機付けが強化されます。
ストックオプションは、特に成長期の企業や資金が限られているスタートアップ企業にとって、魅力的な人材獲得ツールとなります。現時点での給与水準が業界平均より低くても、将来的な高い報酬の可能性を示すことで、優秀な人材を惹きつけることができます。また、自社の従業員や役員以外にも付与可能なため、社外の優秀な人材の確保にも活用できます。
上場後に予定以上の株式を発行すると、経営者の持株比率が低下し、経営の自由度が制限される可能性があります。しかし、経営者自身がストックオプションを保有していれば、比較的安価な権利行使価格で株式を取得できるため、自身の持株比率を維持または増加させることが可能になります。これにより、経営の安定性を確保しつつ、会社の成長を推進することができます。
ストックオプションには主に3つのタイプがあり、それぞれ異なる特徴を持っています。企業は自社の状況や目的に応じて、適切なタイプを選択することが重要です。
通常型ストックオプションは、最も一般的に利用されているタイプです。以下のような特徴があります。
1. 無償付与:役員や従業員に対して、無償でストックオプションを付与します。
2. インセンティブ効果:会社の業績向上による株価上昇時に、役員や従業員へのインセンティブとして機能します。
3. 柔軟性:付与対象や付与条件を比較的自由に設定できます。
通常型ストックオプションは、特に成長期の企業や、従業員の長期的なモチベーション向上を図りたい企業に適しています。
有償型ストックオプションは、従業員や役員が対価を支払ってオプションを取得する形式です。
主な特徴は以下の通りです。
1. 有償付与:ストックオプションの取得に際して、従業員や役員が一定の金額を支払います。
2. 税制メリット:無償型と比較して、税率が低くなる可能性があります。
3. 上限設定:行使価格総額に上限があるため、注意が必要です。
有償型ストックオプションは、従業員のコミットメントを高めたい場合や、税務上のメリットを活用したい場合に選択されることが多いです。
株式報酬型ストックオプションは、非常に低い価格(多くの場合1円)で株式を購入できる権利を付与するタイプです。特徴として以下が挙げられます。
1. 低価格権利行使:権利行使時の株価をほぼそのまま報酬として受け取ることができます。
2. 高額報酬可能:ストックオプションを付与された役員や従業員に、より多くの報酬を与えられます。
3. 退職金代替:役員の退職金として用いられることが多く、給与よりも低い税率が適用される場合があります。
4. 二重課税:権利行使時と株式売却時の両方で課税対象となるため、税務面での注意が必要です。
株式報酬型ストックオプションは、特に役員報酬や退職金の代替として活用されることが多く、企業の状況に応じて柔軟に設計できる点が特徴です。
M&A(合併・買収)を実施する際、売り手企業のストックオプションの取り扱いは重要な検討事項となります。主なケースとその対応方法を見ていきましょう。
売り手の株式を100%買い手に移転し、完全子会社となるケースでは、以下のような対応が一般的です。
1. 買取:買い手が売り手のストックオプションを買い取ります。これにより、ストックオプションは消滅し、従業員
への経済的補償が行われます。
2. 公正価格での売却:買い手との協議を経て、公正な価格でストックオプションを売却します。
3. 親子関係の維持:ストックオプションの行使による株式発行が、親子会社の関係を崩すリスクを回避できます。
また、ストックオプションを消滅させ、従業員の「新株予約権買取請求権」に対応する方法もあります。この場合、従業員の権利を尊重しつつ、M&A後の経営の安定化を図ることができます。
吸収合併や新設合併により売り手の法人格が消滅する場合、ストックオプションの取り扱いは以下のようになります。
1. ストックオプションの消滅:売り手の法人格消滅に伴い、付与されていたストックオプションも消滅します。
2. 新規付与の可能性:売り手の従業員は、買い手の企業から新たにストックオプションの交付を受けることができる
場合があります。
3. 買取請求権:買い手と売り手の規定が異なる場合、従業員は買取請求権を行使できます。これにより、従業員の権
利を保護することができます。
法人格消滅のケースでは、従業員のモチベーション維持や権利保護の観点から、代替措置の検討が重要となります。
M&Aを実施する際、買い手企業にとっても、売り手のストックオプションの取り扱いは重要な検討事項です。主なケースとその対応方法を見ていきましょう。
売り手の株式を100%取得し、完全子会社化する場合、以下のような対応が一般的です。
1. ストックオプションの買取:売り手のストックオプションを買い取り、消滅させます。この際、売り手に対して金
銭などの対価を支払います。
2. 新規ストックオプションの発行:売り手のストックオプションを消滅させる代わりに、売り手の従業員へのインセ
ンティブとして新たにストックオプションを発行する方法もあります。
これらの方法により、従業員のモチベーション維持と、M&A後の円滑な経営統合を両立させることが可能になります。
売り手の法人格が消滅する合併の場合、ストックオプションの取り扱いは以下のようになります。
1. ストックオプションの消滅:合併に伴い、売り手のストックオプションは消滅します。
2. 代替措置の検討:ストックオプションは従業員にとって重要なインセンティブであるため、その消滅は従業員の不
満を招く可能性があります。そのため、以下のような対応が考えられます。
o 売り手の従業員に対する買い手のストックオプション付与
o 金銭的な補償の提供
o その他のインセンティブプランの導入
買い手企業は、これらの対応を通じて、売り手の優秀な人材の流出を防ぎ、スムーズな統合を図ることが重要です。
M&Aを実施する際、ストックオプションの取り扱いについては特に注意が必要です。以下の点に留意することで、円滑なM&Aプロセスと従業員の満足度維持を両立させることができます。
ストックオプションは従業員にとって重要なインセンティブであり、その取り扱いの変更は大きな関心事となります。そのため、以下の点に注意して説明会を開催することが重要です。
1. タイミング:M&Aによる売却が具体化し始めた段階で、速やかに説明の機会を設けます。
2. 内容:ストックオプションの今後の取り扱いについて、明確かつ詳細な説明を行います。
3. 質疑応答:従業員からの質問や懸念に丁寧に対応し、不安を解消します。
4. フォローアップ:説明会後も、必要に応じて個別相談の機会を設けます。
適切な説明と情報提供により、従業員の不安を軽減し、離職を防ぐことができます。
M&A時のストックオプションの取り扱いは、社内規定に基づいて行う必要があります。以下の点に注意して、事前に社内規定を確認しておくことが重要です。
1. 規定の確認:売り手の社内規定を詳細に確認し、M&A時のストックオプションの取り扱いに関する規定を把握しま
す。
2. 買い手との調整:買い手の企業も、売り手の規定に従う必要があるため、事前に情報共有と調整を行います。
3. 規定違反の回避:会社が規定に反した対応をとった場合、ストックオプションの保有者が買取請求権を行使する可
能性があります。これを避けるため、規定に則った対応を徹底します。
4. 必要に応じた規定の見直し:M&Aを見据えて、必要であれば事前に社内規定の見直しを検討します。
社内規定の確認と遵守により、法的リスクを回避し、円滑なM&Aプロセスを実現することができます。
ストックオプションは、多くの大手企業でも積極的に活用されています。以下では、代表的な企業の事例を紹介します。
楽天グループ株式会社は、ストックオプションを戦略的に活用している企業の一つです。
1. 対象範囲:子会社と関連会社を含む役員・従業員にストックオプションを付与しています。
2. 権利行使の制限:発行から1年~10年までに段階的に権利を行使できる制限を設けています。
3. 早期離職防止:段階的な権利行使制限により、従業員の長期的なコミットメントを促しています。
4. グループ全体の成長促進:グループ企業全体でストックオプションを活用することで、グループ全体の成長を目指
しています。
楽天グループの事例は、ストックオプションを通じて従業員の長期的なモチベーション維持と企業成長の連動を図る好例といえます。
株式会社メルカリは、フリマアプリ「メルカリ」を提供する企業で、急成長を遂げた代表的な例です。
1. 早期導入:設立初期からストックオプションを積極的に活用しました。
2. 幅広い付与:役員だけでなく、多くの従業員にもストックオプションを付与しました。
3. 成長の共有:わずか5年で上場を達成し、多くの従業員が高額の資産を得ることができました。
4. 話題性:上場時には、「30名以上の役員・従業員が6億円以上の資産を有する計算になる」と話題になりました。
メルカリの事例は、ストックオプションが従業員のモチベーション向上と人材確保に大きく貢献し、急成長を支える要因となったことを示しています。
M&A時のストックオプションの取り扱いには、税務上の考慮事項も重要です。主なケースとその税務処理について解説します。
売り手を完全子会社化する際など、買い手が売り手のストックオプションを買い取るケースでは、以下のような税務処理が必要となります。
1. 経済的利益の発生:買取が成立した時点で、ストックオプションを保有する従業員に経済的利益が発生したとみな
されます。
2. 給与所得の課税:この経済的利益は、従業員にとって給与所得として課税対象となります。
3. 源泉徴収:会社は、この給与所得に対して適切に源泉徴収を行う必要があります。
4. 法人税の取り扱い:買取に要した費用は、買い手企業にとって損金算入が可能となる場合があります。
適切な税務処理を行うことで、従業員と企業双方の税務リスクを軽減することができます。
売り手の従業員がストックオプションを行使した場合、以下のような税務処理が必要となります。
1. 給与所得の発生:原則として、ストックオプションの行使時に給与所得が発生します。
2. 課税のタイミング:行使時の株価と権利行使価格との差額が、給与所得として課税されます。
3. 譲渡所得の扱い:取得した株式を買い手に譲渡する際は、譲渡所得として扱われます。
4. 税制適格要件:ストックオプションが税制適格要件を満たす場合、給与所得への課税は発生せず、株式売却時に譲渡所得として課税されます。
従業員にとっては、税制適格要件を満たすストックオプションが税務上有利となる場合が多いため、事前に確認しておくことが重要です。
税制適格ストックオプションは、以下の7つの要件を全て満たす必要があります。
1. 発行価額:無償で発行されること
2. 付与対象者:会社や子会社の取締役・執行役・従業員(およびその相続人)であること
3. 権利行使期間:権利付与の決議日から起算して、2年から10年後の間に行使すること
4. 権利行使価額:ストックオプションの契約を結んだときよりも高い価格を設定すること
5. 譲渡禁止規定:第三者への譲渡を禁止していること
6. 権利行使限度額:1年間の権利行使価額が合計1,200万円以下であること
7. 保管委託:証券会社を株式の保管委託場所に指定すること
これらの要件を満たすことで、従業員は税制上の優遇措置を受けることができ、より大きなインセンティブ効果が期待できます。
M&Aにおけるストックオプションの取り扱いは、企業と従業員双方にとって重要な課題です。適切な対応により、従業員の権利や利益を守りつつ、円滑なM&Aプロセスを実現することができます。事前の十分な準備と、専門家への相談を通じて、最適な方策を見出すことが重要です。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事