日本の人手不足問題が深刻化しています。その背景にある原因や業界別の実態、採用力強化や離職率低下のための具体的な解決策、さらにM&Aによる人材確保の可能性まで、幅広く解説します。
目次
日本の人手不足問題は、年々深刻さを増しています。東京商工リサーチの調査によると、2024年9月に日本商工会議所が発表した調査結果では、中小企業の63.0%が人手が「不足している」と回答しています。また、そのうち、事業運営への影響が「非常に深刻」・「深刻」と回答した企業が65.5%に上っています。
この人手不足の長期化は、企業にとって大きな課題となっています。具体的には以下のような問題が生じています。
1. 既存従業員への過度な負担
2. 離職率の上昇
3. 業務の滞りによるサービス品質の低下
4. 企業業績への悪影響
これらの問題は、企業の持続的な成長を阻害する要因となり得ます。特に中小企業にとっては、人材確保が経営の死活問題となっているケースも少なくありません。
人手不足問題は、単に一時的な現象ではなく、日本社会の構造的な変化を反映したものであり、今後も継続的な対応が求められる重要な経営課題といえます。
▶目次ページ:事業承継とは(事業承継の問題・課題)
人手不足問題の背景には、いくつかの社会的要因が存在します。これらの要因を理解することは、効果的な対策を講じる上で非常に重要です。
日本の総人口は2008年をピークに減少局面に入っており、2060年には9,000万人を下回ると予測されています。さらに深刻なのは、生産年齢人口(15~64歳)の減少です。
• 1995年:生産年齢人口のピーク(8,726万人)
• 2060年:予測される生産年齢人口(4,418万人)
この予測が現実となれば、生産年齢人口はピーク時の約50%にまで減少することになります。政府も様々な政策を打ち出していますが、現状では改善の兆しは見られず、このまま生産年齢人口の減少が続くと予想されています。
多くの企業では、主力従業員の高齢化も深刻な問題となっています。中小企業庁の調査によると、半数以上の企業が高齢者層の退職による影響を懸念しています。
高齢化に伴う主な課題:
1. 熟練従業員の定年退職による生産力の低下
2. 若年層の採用難による現場の人手不足
3. 技術やノウハウの継承の困難さ
また、若年層の中には海外志向が強い人材も多く、国内の人材が海外に流出していることも要因の一つとなっています。
2017年4月には、有効求人倍率がバブル期最高の1.46倍を上回る1.48倍を記録しました。この数値は、求職者数よりも求人数が上回っていることを示しています。
ミスマッチの主な原因:
1. 大手企業志向の根強さ
2. 中小企業の求人に対する応募の少なさ
3. 業種間の格差(若年層が集まりやすい業種と集まりにくい業種の二極化)
このミスマッチは、特に中小企業の人手不足を深刻化させる要因となっています。
近年、労働者の価値観や働き方に対する意識が変化しています。
多様化する労働形態の特徴:
1. 賃金よりも仕事のやりがいや福利厚生を重視する傾向
2. フリーランスなど個人で仕事を請け負う労働者の増加(約170万人と推計)
3. 大手企業での副業解禁の動き
これらの変化は、特に中小企業の採用活動に影響を与えています。福利厚生や労働環境の改善に多額のコストを割くことが難しい中小企業では、採用活動に苦戦を強いられているケースが多く見られます。
人手不足は多くの業界で問題となっていますが、特に顕著な業界とその背景について見ていきましょう。
宿泊業界では、訪日観光客の増加により需要が高まっています。しかし、厳しい労働環境が離職の原因となっており、人手不足が深刻化しています。
宿泊業界の人手不足の主な要因:
1. 繁忙期の休日取得の難しさ
2. 長時間労働(週60時間以上の長時間労働の割合が高い)
3. 不規則な勤務時間
今後も円安によるインバウンド需要の増加が予想され、この傾向は続くと考えられます。
飲食サービス業界も、訪日観光客の増加で需要が拡大していますが、人手不足に悩まされています。
飲食サービス業界の特徴:
1. アルバイトやパートなど非正規雇用の割合が高い
2. 短期間での離職者が多い
3. 早期退職者の割合が高い
これらの特徴から、定着率の向上が業界全体の大きな課題となっています。
建設業界は、オリンピック需要やインフラ老朽化対策で需要が急拡大している一方、深刻な人手不足に直面しています。
建設業界の人手不足の現状:
1. 高齢化の進行
2. 若手人材の確保と育成が大きな課題
身体的にハードな業種であることから、若年層に敬遠される傾向があり、多くの企業が採用に苦慮しています。
物流・運送業界は、インターネット通販の拡大により需要が急増しており、今後も需要の増加が見込まれます。しかし、人手不足は依然として改善されていません。
物流・運送業界の課題:
1. トラックの平均積載効率が約40%に留まる
2. 荷待ち時間の長時間化
自動運転技術による人材不足解消への期待もありますが、実用化までにはかなりの時間を要すると見られています。
高齢化社会の進行とともに需要が増す医療・介護業界ですが、人手不足が深刻な状況です。
医療・介護業界の人手不足の現状:
1. 2025年には介護人材の需給ギャップが37.7万人に達すると予測
2. 医師の地域偏在が大きな問題
3. 医療費削減傾向による医療機関の経営圧迫と従事者の収入低下
今後は、海外人材の活用なども積極的に行い、人材不足問題に取り組む必要があります。
デジタル化の需要増加により、IT専門知識を持つ人材が求められていますが、人材不足が顕著です。
IT・情報サービス業の課題:
1. 教育システムの対応の遅れによる新技術に精通した人材の不足
2. 人材の都市部偏在
3. 地方とのデジタル格差の拡大
これらの課題解決のため、IT教育の強化や地方でのIT人材育成が急務となっています。
人手不足の解消には、大きく分けて新規採用と離職防止の2つのアプローチがあります。ここでは、新規採用に焦点を当てた戦略を見ていきましょう。
求職者に企業を知ってもらうことが、採用の第一歩です。以下のような取り組みが効果的です。
1. 求人媒体への掲載:業界特化型の求人サイトや大手求人ポータルサイトを活用する
2. 就職フェアなどのイベントへの参加:直接求職者とコンタクトを取る機会を増やす
3. 知人や取引先による口コミの活用:信頼できる人からの紹介は効果が高い
これらの施策を組み合わせることで、より多くの求職者に企業の存在を知ってもらうことができます。
求職者に「ここで働きたい」と感じてもらえるよう、自社の魅力を整理し、積極的に発信することが重要です。
効果的な発信方法:
1. 求人媒体での詳細な企業情報の提供
2. 企業ウェブサイトでの魅力的な情報発信
3. SNSを活用した若年層向けの情報発信
4. 社員インタビューや職場の雰囲気が伝わる動画の公開
業種や対象となる求職者層によって、最適な発信方法は異なります。自社に合った方法を選択し、継続的に情報を発信することが大切です。
「想像と違った」という理由での早期退職を防ぐため、採用時点でのミスマッチ防止に努めることが重要です。
ミスマッチ防止のポイント:
1. 必要なスキルの明確化:求める人材像を具体的に示す
2. 選考基準の見直し:求める人材像に合わせて、適切な選考方法を設定する
3. 現時点での採用課題の洗い出し:自社の採用における強みと弱みを把握する
4. 職場見学や体験就業の実施:実際の仕事内容や職場の雰囲気を体験してもらう
5. 詳細な職務内容の説明:入社後のミスマッチを防ぐため、具体的な業務内容を伝える
特にチーム単位で動く場合は、上司となる人物との相性やチームメンバーの特性を踏まえた採用ペルソナを作成し、働いているイメージを持った採用活動を行うことが望ましいです。
人手不足の解消のためのもう一つの重要なアプローチが、既存従業員の離職を防ぐことです。以下では、従業員の定着率を向上させるための具体的な取り組みを紹介します。
適切な休日取得や勤務時間の管理など、労働環境の改善は離職防止に欠かせません。以下のような施策が効果的です。
1. 適切な休暇取得の推奨:年次有給休暇の取得率向上を目指す
2. 勤務時間の適切な管理:残業時間の削減、フレックスタイム制の導入
3. 職場環境の整備:快適なオフィス空間の創出、必要な設備・備品の充実
4. メンタルヘルスケアの実施:ストレスチェックの実施、相談窓口の設置
また、労働生産性向上のための施策も重要です:
1. 業務効率化ツールの導入:作業工数を減らし、労働時間を削減
2. 定期的な研修の実施:スキルアップによる業務効率の向上
3. 業務プロセスの見直し:無駄な作業の削減、効率的な業務フローの構築
これらの取り組みにより、従業員の負担を軽減し、働きやすい環境を整えることができます。
出産・育児・介護など、ライフステージの変化に応じた柔軟な働き方を用意することで、優秀な人材の離職を回避できます。以下のような制度の導入が効果的です。
1. 時短勤務制度:育児や介護中の従業員に対応
2. フレックスタイム制度:従業員の生活リズムに合わせた勤務時間の選択
3. リモートワーク:通勤時間の削減、場所に縛られない働き方の実現
4. ジョブシェアリング:一つの職務を複数の従業員で分担
これらの制度を導入することで、従業員のワークライフバランスが向上し、長期的な就業継続が期待できます。ただし、制度の運用には細心の注意が必要で、公平性や業務効率の維持にも配慮する必要があります。
自分の頑張りが正当に評価されないと感じる従業員のモチベーションは低下します。明確で納得感のある評価基準の策定と周知が必要不可欠です。
評価制度改善のポイント:
1. 明確な評価基準の設定:具体的で測定可能な指標を用いる
2. 定量評価の重視:できるだけ客観的な指標を用いて評価する
3. 定期的なフィードバック:年1回の評価だけでなく、日常的なフィードバックを行う
4. 評価結果の透明性確保:評価プロセスや結果を従業員に開示する
5. キャリアパスの明確化:評価と連動したキャリア形成の道筋を示す
評価制度の再構築により、従業員の努力が適切に認められ、モチベーション向上につながります。これは結果として、離職率の低下にも寄与します。
ここでは、より具体的な人手不足に対する解決策を紹介します。これらの方法を組み合わせることで、効果的に人手不足問題に対処することができます。
本来の採用目的に沿って、従来の採用要件や基準を見直すことで、適切なスキルを持った人材の獲得可能性が高まります。
採用基準見直しのポイント:
1. 必須スキルと望ましいスキルの明確化
2. 経験年数や学歴などの形式的な条件の緩和
3. 潜在能力や成長意欲の重視
4. 多様性を考慮した採用基準の設定
また、オンラインの活用で、応募・選考プロセスの効率化と広範囲へのアプローチも可能になります。例えば、オンライン面接の導入やAIを活用した書類選考などが挙げられます。
人材獲得や定着に有効なのは、魅力的な労働条件です。金銭面だけでなく、総合的な待遇・労働条件の改善が求められます。
改善のポイント:
1. 適切な給与水準の設定:業界平均や地域の相場を考慮
2. 福利厚生の充実:健康保険、年金、各種手当の充実
3. 休暇の取りやすさ:有給休暇取得の促進、特別休暇の設定
4. フレキシブルな働き方:在宅勤務、フレックスタイム制の導入
5. キャリアアップ支援:資格取得支援、社内公募制度の導入
これらの改善により、従業員の満足度が向上し、新たな人材の獲得にもつながります。
既存従業員のスキル向上は、生産性アップと人手不足のカバーにつながります。また、充実した研修・教育の機会は、求職者への安心感にもなり、応募増加にも好影響を与えます。
効果的な研修・教育制度:
1. 新入社員向け研修プログラムの充実
2. OJT(On-the-Job Training)の体系化
3. 定期的なスキルアップ研修の実施
4. 外部セミナーや資格取得の支援
5. メンター制度の導入
特に未経験者の採用を行う場合、研修制度の有無、内容は求職者の意思決定に大きな影響を与えます。
ITを活用した業務の効率化・自動化による生産性向上は、人手不足解消に欠かせません。
効率化・生産性向上のポイント:
1. 業務フローの洗い出しと見直し
2. RPA(Robotic Process Automation)の導入
3. クラウドサービスの活用
4. AIやIoTの導入検討
5. 定期的な業務改善ミーティングの実施
これらの取り組みにより、従業員がより高度な作業に集中できる環境を整えることができます。
繁忙期と閑散期の人材需要の差が大きい企業や、採用コストが負担になっている企業には、アウトソーシングの活用が有効です。
アウトソーシング活用のポイント:
1. コア業務と周辺業務の切り分け
2. 専門性の高い業務の外部委託
3. 短期的・一時的な業務の外部委託
4. コスト面でのメリット・デメリットの検討
5. 品質管理方法の確立
事務、受付、採用、営業など、多岐にわたる業務の外部委託が可能です。ただし、重要な業務や機密性の高い業務については慎重に検討する必要があります。
近年、自社の成長加速や専門人材の確保を目的に、M&Aで人手不足をカバーする企業が増えています。
M&Aによる人材獲得には、以下のようなメリットがあります。
1. 即戦力の人材を一度に獲得できる
2. 特定の専門スキルを持つ人材チームを確保できる
3. 新規事業や新市場への展開が容易になる
4. 採用コストの削減につながる可能性がある
一方で、M&Aにはリスクも存在します。
1. 企業文化の違いによる統合の難しさ
2. 買収コストが高額になる可能性
3. デューデリジェンス(企業調査)の重要性と難しさ
4. 既存従業員のモチベーション低下のリスク
M&Aを検討する際は、自社の状況や目的を明確にし、専門家のアドバイスを受けながら慎重に進める必要があります。
売り手にとっても、他社の傘下に入ることで新体制のもと事業継続と更なる成長が期待できます。自社の状況に合ったM&Aにより、人手不足解消と事業拡張の好機を掴むことができる可能性があります。
日本の人手不足問題は、少子高齢化や生産年齢人口の減少など、構造的な要因が背景にあります。宿泊業、飲食サービス業、建設業、物流・運送業など、幅広い業界で人材難に直面しています。この課題に対処するためには、採用力強化と離職率低下の両面からのアプローチが不可欠です。具体的には、採用基準の見直し、労働条件の改善、教育制度の充実、業務の効率化などが求められます。さらに、M&Aによる即効性のある人材獲得も有力な選択肢の一つとなっています。各企業が自社の状況に合った対策を講じることで、人手不足の克服と持続的な成長の実現が期待できます。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事